君を一番幸せにできるのは僕

東京に戻ってきました。

長年僕のスタッフ、ローディー、マネージャーをしてくれていた 雄亮の結婚式の為に岐阜県 飛騨高山まで一泊二日で行ってきました。

というか、自分で書いていて驚きなのが 一泊二日しか行ってないんですね。一日一日が朝から晩までびっしり濃すぎてなんだか不思議な気持ちです。

13日の夜21時に カメラマンのK-sukeと あと祐介と空知(こちらの二人も僕のスタッフをしてくれていた仲間) 4人で僕の自宅に集まり、夜中の2時まで仮眠をし K-sukeの運転で飛騨高山に向かいました。

2時に出発し着いたのは朝の7時半、それから朝からやっている温泉に行き、スーツに着替え朝の9時。

受付は10時からですが、この早い時間に来たのには理由がありました。

3週間ほど前に雄亮の嫁のみささんから サプライズの依頼があったのです。DMをくれたみささんはこう言ってくれました。

雄亮の同級生がバンド演奏することになっているのですが、サプライズでKAZUさんも雄亮に歌っていただけないでしょうか?最初KAZUさんに歌ってもらおうと雄亮も考えていたみたいなのですが、東京から来てもらうのにこれ以上負担をかけたくないとやめたみたいです。なので雄亮凄く喜ぶと思うのです。

もちろん二つ返事でお受けして、雄亮の嫁さんの優しさに泣きました。

雄亮とみささんの結婚式3週間前の僕はすでに泣いていました。

ここで先に言っておきますと、今回の飛騨高山 雄亮みさんさん結婚式ツアーでは朝から晩まで泣きすぎて 涙腺崩壊ツアーとなってしまいました。

そういう理由もあり10時からリハーサルがあったので、僕と祐介だけ先に美術館で降ろしてもらいリハーサルに向かいました。

K-sukeと空知はホテルに車を置いてくれてシャトルバスで後から来てくれました。

なんだかこういうやりとりも懐かしくて、何度もこんな風にイベントに向かったり、ワンマンライブの日もみんなで準備したりとたくさん色んな日々を過ごしてきたので 感慨深い瞬間でもありました。

そして、式が始まりました。

ブルーのバージンロードの先には噴水がありました。

何度出ても式は緊張するのですが、長年東京で過ごした雄亮がそこにいるだけで緊張で震えが止まりませんでした。

誓いの口付けを見た瞬間涙腺がついに崩壊してしまって、周りを見渡すと号泣しているのは僕だけで、一緒に行った3人には なんでいま?!と笑われていました。

そして誓いのサインの後に二人の証人の為にご友人の方に出てきてもらうという場面で突然僕の名前が呼ばれ、見事にサプライズをくらいました。号泣していた涙がぴたっと緊張で止まりました。

その時の顔が一番面白かったと みささんに後から言われたときは恥ずかしくて気絶しそうでした。

とは言え、人生初の結婚式の証人でのサインは素晴らしい経験で、その相手が雄亮でとても幸せでした。これで一生僕らも一緒です。にやり。

式が終わり外での集合写真。

ここからはカメラマンK-sukeからのサプライズ、ドローン撮影です。

飛ばしていいかどうかは当日確認までわからなかったのに関わらず持ってきたK-sukeは流石です。

そしてこちら。

※少し荒い画像にしてあります。

ドローンを飛ばして撮影しているときの皆さんの笑顔はとびっきり素晴らしいものでした。
披露宴パーティーが始まり、新郎新婦のプロフィール紹介での雄亮の紹介で《〜大学で横浜に引っ越し、様々なことを経験し、地元へ戻り父親の仕事を継ぎ、今では青年部期待のホープとして大活躍、、、》の辺りでまた泣いている僕の姿を見て、同じ席の雄亮の小学校時代の友人、高校時代の友人たちと何だか少しだけ仲良くなれた気がしました。(僕だけ そう思っていたとしても全然OK)

お色直しや、歓談、お酒を飲みながら雄亮の同級生とも仲良く話しながら過ごした時間もとても幸せな時間でした。

その後、雄亮のご両親がお酒を注ぎに僕らの席にも来てくれた際 僕に
「大学時代の同級生ですか?」と話しかけてくれたときに僕は

「横浜でアパートの部屋が隣同士だった、、、」と話した途端にご両親が
「あー!話はたくさん聞いております!」と言ってくれたので僕はずっと伝えたかったこと、ちゃんと謝罪したいとずっと思っていたことを伝えました。

「僕はあの時、雄亮がお母さんとしか連絡を取っていなかった事も、お父さんと離れてしまっていた事も知っています。好き勝手させたことには僕にも責任があります。本当にあの時はすいませんでした。本当は合わせる顔がないと思っていました。本当にごめんなさい、ごめんなさい。」とやっと伝えることが出来ました。

それに対してご両親は「大変貴重な時間を過ごさせていただき、こちらが本当にありがとうございました。」と言ってくれて、その瞬間に僕の涙腺は完璧崩壊してしまい周りの目も関係なしに大号泣してしまいました。

雄亮のお母さんも一緒に泣いてくれました。


やっと謝罪できとこと、伝えられたこと、貴重な時間だと言ってくれたこと、本当に心が軽くなりました。雄亮のお父さんとお母さんには本当に感謝しています。

それから1時間半後やって来ました。サプライズでの演奏。
先に同級生のバンド演奏があり、そこで突然 新郎の雄亮が登場し、ギターを弾いて歌い出すという新婦さんに対するサプライズがあって 雄亮が一安心、やりきった顔をしていたので僕のスイッチが入りました。

というのも、僕は新婦みささんからサプライズ演奏をお願いされていたのですが、みささんにもサプライズをしよう!と考えていて雄亮にもギターを弾いてもらい歌ってもらおうと企んでいました。

そして会場側へは雄亮のギターとマイクスタンドもセッティングする様に伝えてました。

お色直しが終わり会場に戻ったタイミングで演奏をお願いされていたのですが、戻って来た時ギター2本が用意されているのを見た雄亮のびっくりした顔には僕ら4人でニヤニヤしていました。

今にも溢れそうな涙をこらえながら話したことは雄亮との出会いでした。
出会いを話せばやっぱり堪えられなくて、それでもなんとか話し、最後にこのサプライズをお願いしてくれた新婦みささんへのサプライズになればいいなと思い言いました。

「雄亮、一緒に弾こう、弾けるよな?歌は僕らが出会ったときの歌 ”素直になれたら。”」


覚悟を決めた雄亮は空知にこう言いました。

「空知、カホン叩くよね?」


7年前 空知も僕のストリートライブで一緒にパーカッションをやってくれていた時期があったのです。
こうして7年ぶりの再会は音楽によってまた始まりました。

出会った当時の歌《素直になれたら。》のラストサビを雄亮に歌う様に耳元で伝え
ラストサビを歌ってくれました。


《きっと君を一番幸せに出来るのは僕しかいないよ 他の誰でもなく君が好きなんだから》

ラストサビ

凄く大切な人の大切な日にこうして僕らは再会できました。
僕らの出会いは路上ライブ。横浜駅で毎週毎週歌う中で立ち止まり、聞いてくれて、毎週来てくれる様になり、渋谷で路上ライブをしたときに初めて僕が「ラーメン食べて帰ろう」と話しかけて、それからずーっと側に居てくれた雄亮。

僕とK-suke、ゆうちゃんと空知。
5人で会うのは7年ぶりでした。
会えば何にも変わってなんかいなくて、あの頃僕らは若かったんだけど、とにかく毎日必死で、毎日夢を見て、毎日悔しくて、毎日真っ直ぐ前だけを見ていた。


遠く離れてもそれぞれ互いに色んなことと日々戦いながらもそれぞれの街で暮らしていて、また再会した。


僕らが出会えたことは奇跡みたいなものだし、こうしてまた再会できたのもまた一つ奇跡みたいなものなんだけれど、きっとまた会えるんです。


僕らはずっと仲間なんです。

友達なんです。

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